二宮隆雄

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海を愛した小説家:二宮隆雄

二宮隆雄 追悼文募集のお願い

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処暑の声を聞いてから、朝晩涼しくなってまいりました。

さて、二宮隆雄氏が亡くなって、はや2年になろうとしております。
これを機に、ホームページに追悼文特集を組むことにいたしました。
小説家 二宮隆雄の小説より、ご本人の人生の方が波瀾万丈だったのではないかと思われるほどの方でした。皆様の特別な想い出を綴っていただいた文章をお待ちしております。

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2009年オータムマッチ in 南伊勢

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今年(2009年)のオータムマッチレースが南伊勢で行われます。 二宮隆雄がヨットレースの中でも比較的岸の近くで開催できるマッチレースを、関東や大阪だけでなく風光明媚な南伊勢の海上で是非行いたいと始めたレースです。

2009年10月24日(土曜日)25日(日曜日) 志摩ヨットハーバーにて開催予定

ヨットレースのみならず、日本の山河と海とを一望できる素晴らしい景色を見にいらしてください。

レースに関する詳細はこちらのJYMAのホームページ でご確認ください

その他、お問い合わせはこちらまで。

 

短編『風と武平次(ぶへいじ)』を掲載開始

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暑い夏のさなか、今回の短編は『風と武平次(ぶへいじ)』、江戸時代後期、紀州漁師の武平次(ぶへいじ)が、荒海の中、五島の冬シビ(マグロ)を運ぶ執念の物語です。

今までに、『無人島(ぶじんとう) 異聞』『国崎のお万』『マンボウの海』『お光の海苔場』『転舵』『海難』『刃刺の伝次』 の短編を掲載しています。

夏のひととき、日本の古き海を思いつつ、お楽しみいただければ幸いです。

 

『風と武平次(ぶへいじ)』

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(一)
「五島の冬シビ(マグロ)をはこんでやる」

それが紀州漁師の武平次がとりつかれた途方もない夢だった。

武平次の生まれた紀州矢口村(現三重県海山町)は、ゆたかな黒潮がながれる熊野九十九浦のひとつである。物心ついたころから海にでていた武平次は、三十一歳のとき徳川幕法にすさまじい憎しみをいだいた。

それは北前船の「遭難」が原因だった。

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『無人島(ぶじんとう) 異聞』

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(一)

文久二年(一八六二)二月。その頃まで無人島と呼ばれた小笠原群島の父島の海岸を、二人の侍が上半身裸で歩いていく。

波打ちぎわの砂は白く、海水は海底がはっきりと見えるほどに澄みわたり、雲ひとつない青空には、二月と思えない夏のような太陽が輝いている。

前を歩く幕府外国奉行方同心・松浪権之丞がいった。

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『国崎のお万(くざきのおまん)』

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[一]

志摩国崎の海女にしては小柄なお万は、出漁の朝はかかさずに、海が見える〈海士潜女神社〉に両手をあわせ、御神酒を供える海の習いを持っていた。お万は色は黒いが端正な顔の眉は濃く、引き締まった口元は、気の強さを感じさせるが、笑うと白い八重歯がこぼれ落ちて、二十九歳の色気が漂った。

お万が海女漁に出るとき、白いイソナカネという腰巻の上は素裸で、黒い乳首をもった乳房が、大きく張り出している。

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『マンボウの海』

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アフリカ大陸とオ―ストラリア間にひろがるインド洋は、赤道に近づけば軽風海域もあるが、南緯三、四十度の海は荒れることが多い。

インド洋の孤島・アムステルダム島近海を帆走中の世界一周レ―スのヨット「イ―グル号」から落水した瞬間、井留間学の脳裏をケイプタウンの赤茶けた岩山がよぎった。それは最後に目にした陸地の光景である。

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『お 光 の 海 苔 場(おみつののりば)』

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「お父つぁん。大丈夫かえ。これから江戸行きの船に乗るから、しばらくの辛抱です」

 

父親より体の大きい娘のお光が、木更津の船着き場にうずくまる甚兵衛を背負った。

「すまねえなお光。こんなだらしのねえ体になってしまって……」

江戸四ツ谷の海苔問屋で、五十六歳の近江屋甚兵衛は、船の甲板に敷かれた布団の上に降ろされて、痛そうに腰をさすった。

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『転舵』

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太平洋上で発生した寒冷前線の吹き込みで、九州南端の沖合いは時化になっていた。

この近海に強い北西風が吹くと、北流する潮流とぶつかり会い、凄まじい三角波が沸き起こる。

メインセイルを縮帆した外洋ヨット「リバティ号」は、波頭を白く砕いて襲いかかる三角波に突き上げられて、夕闇せまる海で苦闘していた。

激しく揺れ傾ぐコクピットで、防水カッパのフ―ドを深々とかぶった艇長の古賀剛は、後悔の念に苛まされていた。

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『海難』

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瀬戸内海の中央部にちらばる塩飽諸島は、古来すぐれた水主衆(船乗り)の輩出地として知られていた。ふとい眉をもった千石船船頭の常蔵は、塩飽牛島に生まれ、十一歳のときカシキ(めし炊き)として北前船に乗りこんだ。

外海にのりだす水主仲間の口伝に、

・・・・・・ 船頭のめし炊き。カシキの日和見。

これは他人の領域に興味をしめして、自分の持ち場をおろそかにすれば、船の統制がくずれて危険になることをふせぐ安全則の一つであった。

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『刃刺(はざし)の伝次』

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熊野灘の東端である伊勢国と尾張国にまたがる伊勢海は、「参宮鯨」とよばれる回遊鯨が姿をあらわす海域である。

尾張国師崎の漁師の伝次は、三挺艪で漕ぎ進む小船の舳先で、まるで船に釘付けになったように揺れにも微動だにせず、銛をかまえて立っていた。

三挺の艪を折れんばかりに漕ぐ三人の男は、褌ひとつの裸体だが、銛をもつ伝次の姿は異様なものだった。

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二宮隆雄の物語

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昭和21年(1946年)愛知県半田市で生まれる。


幼少のころは鼻を垂らした田舎の子であったが、昭和25年に愛知国体のヨット競技が半田港で開催されたとき、4歳で父親の船からヨットレ―スを見学し、白帆が海に浮かぶ光景をいまも覚えている(他のことはまったく覚えていないが)。
中学まで大きな劣等感をもっていた。父親の卯吉が56歳、母親のとし枝が46歳のときの子であったために、他の子と較べて両親が祖父母みたいで、父兄参観日は学校を休みたかった。

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ひとことニュース

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